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茅の輪くぐり [祭典・神事]

 夏の大祓・茅輪くぐりをとり行いました。
 夏の大祓は、境内の茅輪くぐりを行い、半年の生活を反省し、今年後半まがごとなどに染まらず、さわやかな気持ちで過ごせるようお願いする神事

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 神社境内に作られた、「茅(ちがや)で編まれた大きな輪」をくぐる神事。茅の輪をくぐることで、災厄や病気を免れることができるといわれています。
「8の字を描くように3回くぐる」のが一般的で、その際に「水無月(みなづき)の夏越(なごし)の祓(はらい)する人は、千歳(ちとせ)の命(よわい)延(の)ぶというなり」と唱えるといいとされています。

「茅の輪くぐり」の動画は、こちら

茅の輪作り [祭典準備作業]

 夏の大祓・茅輪くぐりの茅の輪の作成準備として、茅の刈り取り作業を行いました。
 今日は、あいにくの雨。その中、宮総代総出で、茅の刈り取りを行いました。

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 合羽を着ての、作業は、暑く過酷な作業となりましたが、明日の茅の輪くぐりに立派な茅の輪を作成するため雨と汗でずぶずぶになりながらも予定量の茅を収穫しました。
 明日は、早朝から茅の輪くぐりの組み立てです。頑張ってください。

丹生川上神社「水まつり」 [祭典・神事]

丹生川上神社「水まつり」
 平成26年7月20日に「命を育み、また浄化の働きで命を再生してくれる万物の根源としての水の神様に感謝の誠を捧げ末永い水の恵みを願う」ため1100年ぶりに例祭が復活しました。
 この例祭には、大和神社宮司の丹生川上神社奉幣参向も復活されました。
(丹生川上神社への奉幣祈願には、大和神社の宮司が随行する規定「延喜式臨時祭祈雨神祭条」により)
 今年は、復興3年目で丹生川上神社(上社)で、7月17日(日)17時から斎行されます。
 大和神社から、宮司及び稚児が今年も参加します。

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 丹生川上神社の、鎮座地は神武天皇が天神の教示によって天神地祇を祀り、戦勝を占った地であり、白鳳4年(675年)に罔象女神を御手濯(みたらし)川(高見川)南岸の現摂社丹生神社の地に奉斎し、その後現在地に遷座したものと伝える。

 二十二社注式』には、天武天皇の白鳳乙亥年(4年)に垂迹し、大和神社の別宮になったと記されているので、吉野と浅からぬ関係にあった同天皇によって創祀されたものとされている。古来大和神社(天理市鎮座)の別社とされ、祈止雨の霊験著しい雨師神として、朝廷から重んじられていた。

祖霊社修復竣功祭 [祭典・神事]

平成28年6月24日 10時30分~  祖霊社前にて
祖霊社修復竣功祭をとり行いました。

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 竣功祭とは竣工祭とも書き、建物が無事竣工したことをお祝いし、また神様に対し感謝の意をご奉告し、これからこの御社が災いごとがないようにお祈りをするお祭です。
 落成式などとも言い、竣工した建物のお披露目の意味もあります。工事関係者、崇敬者、氏子の方々などが参列されました。

祖霊社遷座祭 [祭典・神事]

「祖霊社修復竣功遷座祭」を斎行しました。

 遷座祭は、修復工事中は仮拝殿にお祀りしておりましたが、工事が完了し、新しい祖霊社社に、御神体を移す祭儀です。

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暗闇と静寂の中、白装束に身を包んだ神職たちにより遷座祭(ご祭神の神霊を祖霊社にお遷しする神事)が、厳粛のうちに執り行いました。

 夕闇の中、松明の光のみに導かれ、ご遷座される様はまさに幽玄の世界となります。

戦艦大和の「いま」、呉市が新映像公開 [その他]

戦艦大和の「いま」、呉市が新映像公開 菊の紋章も鮮明

 太平洋戦争末期、乗組員約3千人とともに東シナ海に沈んだ戦艦「大和(やまと)」の潜水調査に、広島県呉市が行政機関として初めて成功した。22日、そのデジタル映像や写真を報道機関に公開。艦首にある菊の紋章も鮮明に浮かび上がった。

 大和神社の祖霊社(それいしゃ)には、戦艦大和が撃沈(げきちん)した時の殉死者(じゅんししゃ)2736名の御霊(みたま)が祀(まつ)られています。
 奇しくも、この祖霊社の修復工事が完了し、明日23日に遷座祭をとり行います。戦艦大和と供に殉死された2736名の御霊も新しい社殿に祀られます。


朝日新聞DIGITALに掲載されています。
アクセスはこちらから http://www.asahi.com/articles/ASJ6J4K6XJ6JPITB009.html

祖霊社周辺の清掃作業 [奉仕]

6月23日の祖霊社遷座祭迎えるにあたりを、祖霊社周辺の清掃・整備作業を行いました。

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宮総代全員で、祖霊社周辺の清掃・祖霊社東側の北参道の清掃及び側溝の整備を行いました。
今日は、梅雨の合間の晴天で暑い日でしたが、総代全員力を合わせて、きれいになりました。

祖霊社修復工事No23 [神社整備工事等]

 祖霊社修復工事が完成しました。

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「祖霊社修復竣功遷座祭」を次のとおり斎行することとなりました。
平成28年6月23日
   19時30分~  祖霊社前にて

 遷座祭は、修復工事中は仮拝殿にお祀りしておりましたが、工事が完了し、新しい祖霊社社に、御神体を移す祭儀です。

">「祖霊社修復竣功遷座祭」をもっと詳しくは、こちら

祖霊社修復工事No22 [神社整備工事等]

祖霊社由緒書看板が出来上がりました。

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祖霊社由緒書きが新たに大きくなって(読みやすく・内容も充実)完成しました。
ぜひ、一度来社して見てください。

大字名の由来(兵庫町)No10 [氏子地区の紹介]

大字名「兵庫」の由来は、

 大和神社の兵庫のあった所である。
 古代は大社や豪族は弓矢槍刀などの武器を納める兵庫を持っていた。

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 石上神宮の付近においては、内馬場・木堂・三島・守目堂にあぜくらという小字があるが、ここには正倉院のような校倉があったと考えられている。あぜくらは畦に関係の地名かとも疑ってみたが、上の地方以外に見当らないから、先ず校倉のあった地と見てよさそうである。櫟本の西部にも兵庫という所がある。
 他所のことだが神戸市はもと神戸と兵庫と二つの村であったのを合して神戸市となったので、一方の兵庫の名がなくなったかわりに兵庫県という県名をつけたのである。

本資料は、天理市ホームページの大字の由来 参考にしています。

兵庫町の村社(素盞鳴神社)紹介は、こちら